大窪寺の歴史・由来
八十八ヶ所結願(けちがん)の霊場「大窪寺」。徳島県の県境に近い矢筈山(標高782m)の東側中腹に位置します。縁起によると、養老元年に行基菩薩がこの地を訪れた際に、霊夢を感得し草庵を建て修行をしたと言われます。弘仁7年に、唐から帰国した弘法大師が、現在の奥の院近くの胎蔵ヶ峰という岩窟で、虚空蔵求聞持法を修法し堂宇を建立。等身大の薬師如来坐像を彫造し本尊とされました。また唐の恵果阿闍梨より授かった三国(印度、唐、日本)伝来の錫杖を納めて大窪寺と名づけ、結願の地と定めました。本堂西側にそそりたつ女体山には奥の院があります。大師が本尊に水を捧げるために独鈷で加持すると清水が湧き出たと伝えられます。その水を薬とともに服用し、ご利益を受ける人も少なくありません。
冬の大窪寺
女性の入山が、早くから認められ女人高野としても栄え、一時は百以上の堂宇を誇っていました。しかし天正の兵火や明治33年の火災などで寺勢は苦難を繰り返します。しかし高松藩主の庇護や歴代住職の尽力により興隆。結願聖地の法灯を守り続けています。「同行二人」を共にした金剛杖などは、大師堂脇の寶杖堂(ほうじょうどう)へ奉納されます。これらは毎年春夏の「柴灯護摩供(さいとうごまく)」で供養されます。
こんにちは宇崎ツカです。
四国お遍路88番札所「大窪寺」に来ています。
ここが最後のお寺になります、長かったなあ。
山の中にあります。駐車場が混んでいますね。けっこう人気のお寺のようです。
阿吽の像はガラスのショーケースに入っています。
階段をあがると大師堂がありました。本堂はもっと奥にあるようです。
大師堂のとなりにお大師様の石像がたっています。何か目が光っていますね。なんですかこれ?
週刊少年ジャンプのNARUTOでこんな感じの眼の強いキャラいたよね。写輪眼とかいうの。
先に本堂に行きましょうか。ここは後で来ましょう。
奥の方にはもうひとつの門があるようです。もう一つの門というか、昔からある古い門がこっちですね。
コンニャクの袋詰めを店前でやってたり、ゆずの生しぼりの瓶詰めを店前でやっていたりします。
なぜかうどん屋に20人待って並んでいる人がいました。うどんで20人待ちですかー、驚いたな。
本堂へ向かいましょうか。
古い門をくぐって境内に入ると、正面に本堂があって、その後ろに岩山がそびえ立っています。
良い風景ですね。
駐車場のほうで犬の遠吠えが聞こえたので、このへんには犬が闊歩しているようです。
かわいらしい犬の足跡ですね。
本堂の左隣に納経所がありますが、大師堂でお参りを済ませてから御朱印を書いてもらいましょうか。
やったー!御朱印コンプリートだあ!
最後のページに何か書いてあるよ?なんだこれ?
ええと、最初のお寺に戻って御朱印を貰いましょう、これでぐるりと一周ですな。みたいな事がかいてあるぞ?えええ!?戻るの?
隠しステージ的な要素があるんですね。知らなかった。
まあ、とにかく全部まわりました!やったね!